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天野喜孝×HYDE展 天命と背徳~NIPPON EVOLUTION~@ラフォーレミュージアム原宿

展示を観に行ってすごく良かったです!8月18日に行ったので、その日の撮影可能作品を載せています。
もともと天野先生のイラストには詳しくなくて、子どもの頃から怖い絵だな……くらいにしか思っていませんでした。チョコボとかすごいシュッとしてるし……。

会場の入口でまず、今回のメインビジュアルであろう、天使と悪魔のような絵が大きく掲げられています。
目には普通に白地に絵が描いてあるねって見えるんですけど、iPhoneのカメラでそれを撮ると、照明の具合で二つの顔の部分が白く浮かび上がります。
それで、肉眼で見えるものと、iPhoneのカメラに映るものって全然違っているんだなって分かるわけですね。
iPhoneのカメラはすごく綺麗に撮れるし、instagramとかでちょちょいと簡単におしゃれに加工できて本当に便利だなと日々思っていますが、その一方でたとえばお月様とか夜景とか目には見えている美しさをそのまま撮れなかったりするでしょう。月がこんなに大きいのに写メると小さーくしか撮れなかったりして。(見たままが撮れるすごい性能のカメラとか技術とかは別の話)
それがこの展覧会ですごくおもしろく感じました。撮影可能作品だけど照明の具合とかがあるからパシャッと写メっても見たままの美しさを持っては帰れないんだ!ということに改めて驚きを感じました。

HYDEがステージ上で見せる咆哮の表情を思わせるスケッチも、こんな顔するよねーと思ってわくわくしました。

大小たくさんの作品の中で、「タトゥーの天使」という絵が一番好きだなと思いました。透明のアクリルに描かれた天使の身体にネオンカラーの花々のタトゥーが咲き乱れていて、きれいだなと思いました。
HYDE本人はWHAT's IN?の2012年7月号で花などを身体に投影した写真はかっこよかったけれど、基本的にカラフルなポップカラーってちょっと似合わないとわたしは思っていて、現実のHYDEの上には起こらない新たなきれいさが生まれているので好きです。タトゥーの天使もHYDEからインスピレーションを得た絵であってHYDE本人の像とはイコールではないんだけれども、HYDEを元にして、現実界HYDEにはあんまり向いてないであろう種類のきれいさをまとっている絵なのが創造的ですごいな、と考えています。HYDE水銀燈でもバタリアンでも浮世離れした格好が似合っちゃうわけでしょう、そういう彼に手の届きにくい領域の美しさが絵の上では起こっていると思いました。

天使と悪魔の立体、人形っていうのかな、実物大のHYDEをかたどった像も印象的でした。
赤青緑の三原色のスポットライトが少しずつ配分を変えながら二つの像を照らしていて、ゲームのボス戦シーンみたい。

帽子をかぶった像は吊り下げられていて、揺れのニュアンスも加わっています。
カメラを向けると、帽子の下のまなざしは画像には映らないんですけど、直接見るともっと瞳の印象が強くてはっとしました。

天使の像の方は、冷たく固まって見えて、不自然に静止している印象を受けました。
ところが後でインスタに載せようと思って色々フィルタを選んでたら、白黒にした時、突然生気を感じたというか、特に目元や口元が動いているHYDEが浮かべる表情にぐっと近づいて思えて驚きました。それでますますおもしろいなと思いました。

目で見たときもiPhoneのカメラで素で撮ったときも人形に見えたのに、アプリでフィルタをかけたらこんなに変わるものかと、ふだん映像や写真で見ている生きているHYDEのニュアンスみたいなものが突然立ち上がってくるものかと。
他にも例えばVAMPSもやっているcameranで蜷川実花調フィルタをかけてみたりとか、撮って帰ってきてからも色々楽しみようがあるわけですよね。
HYDEという人がいて、その人が表現したものを天野先生が受け取って表現して、それを観た人が撮影したものを加工したとき、必ずしもHYDEからかけ離れていくわけではないんだということがとても心に残りました。非常に大げさな言い方ですけれども、二次三次四次とHYDEについての表現を伝達していくとき、情報はどんどん欠損していくのかといえばそうとは限らなくて、足されていくものもあるのかもしれないと思いました。

HYDEを見て天野先生が得たインスピレーションを作品に落とし込んで出来上がったものを肉眼で観られたのもおもしろかったし、鑑賞しながら撮影することで肉眼に見えているものとカメラに写るものの違いを即時に感じられたのもおもしろかったし、後で写真画像を加工しているときにHYDEの姿に近づいた瞬間みたいなのを感じられたのもおもしろかったです。