FAKIN' POP/平井堅
- アーティスト: 平井堅
- 出版社/メーカー: DefSTAR RECORDS(SME)(M)
- 発売日: 2008/03/12
- メディア: CD
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「告白」にどっぷりはまり、「亀田音楽専門学校」や「亀の恩返し」で改めて亀田誠治とタッグを組んだときのすばらしさを感じたので、過去のアルバムを少しずつ聴き始めています。
これは超超いいアルバムで、5年前にリリースされたものですが、心震えましたので、感想を書きます。
次のアルバム「JAPANESE SINGER」のリリースに際して、ハリセンボン近藤春菜氏が
なんでもないブスの日常でも、ドラマティックに変えてくださる、そんなアルバムをありがとうございます。
ナタリー - [Power Push] 平井堅 (5/9)
とコメントを寄せていて、この作品にもそれは本当に言えるなーと思います。
聞く前の想像としては、「FAKIN' POP」というタイトル、「POP STAR」と「fake star」の2曲が対をなしているように、真実と虚構、表と裏、光と闇みたいな二面性を表現しているのかなと予想していて、そういう二項対立だと取りこぼすものがあまりに多いのではないか、と思っていました。
実際に聴いてみると、キラキラしたアイドルっぽさ、少女マンガの王子様っぽさ、胸キュンの純愛、ドロドロした愛憎のもつれ、身勝手な欲望、といった色々な側面がひとつのアルバムの中ですごくスムーズにグラデーションを作っていてとても驚きました。
シングル単位だと、「今回は泣かせるバラード」「今回は80年代アイドル風ポップ」とバラバラにしか捉えられなかったものが、アルバムとして通して聴くと、歌のうまさであったり、真摯さみたいなものが一貫していて、それが全部の曲を統合しています。
「JAPANESE SINGER」リリース時のインタビューで、本人が
僕の体の中をパカって開けたら、真面目なもの、エッチなもの、ちょっとおキャンなものっていう、その3つしか入ってない。
ナタリー - [Power Push] 平井堅 (6/9)
と発言していて、これはすごく核心を突いているなと思います。
そしてその三本柱のコントロールがとても上手で、いろんな側面があるけれども、総合したときに自分はこういう人間なんだ、というのをすごくわかっているように感じました。
- 01. POP STAR(編曲:亀田誠治)
超名曲のキラーチューンだし、歌詞も王子様みたいな、ファンタジックな「言われたい系」の内容で好きです。「You're my only pop star」、「魔法をかけてあげよう 君だけに」と言ってオーディエンスを指差すパフォーマンスもかっこいい。
- 02. 君はス・テ・キ♥(編曲:AKIRA)
ハロプロでもおなじみのアレンジャー。OLを応援系、言われたい系の歌詞。
- 03. 君の好きなとこ(編曲:亀田誠治)
いきなり1番のAメロだけがPPPHなところがおもしろいです。
- 04. キャンバス(編曲:冨田恵一)
ドラマ版ハチクロの主題歌で、キャンバスとキャンパスがかかっていると思われます。
「君の手を握ると『痛い』と言った」と、相手の身体に痛みを残す系その1。
- 05. Pain(編曲:亀田誠治)
恋人に別れを告げられて、1番の歌詞では悲しみをこらえて聞き分けよくしているんだけれど、2番で「もう一人の僕が『耐えられない』」と叫び始めてガラリと様子を変えるのがドラマティック。「君の手を折れるくらい握り締めてた」「せめて君の中に僕の痛みを少しでも残してこの席を立ちたいんだ/我儘はわかっている」、別れたくなくて抵抗したい気持ちはわかるからこその暴力性がショッキング。握力強そう。相手の身体に痛みを残す系その2。
- 06. fake star(編曲:URU)
「携帯メモリー 一周回ったのに/会いたい人は誰? 見つけられない」のところが「抱いてHOLD ON ME!」の「ハンドフォンメモリー/意味なくスクロール/かける勇気も/無い様な危機感」のところを連想させて、わたしの幅広くない音楽経験の中で「R&B=つんく」が激しく刻まれているのを自覚しました。
「引き返せない欲望列車」で半音上がって不協和音になるのが本当に脱線していく感じでかっこいいです。
「まつり上げられてナンボ」のメロディーラインも最高にかっこいい。
スキャンダラスな世界を歌っているんだけれども、曲調としても抑制されていたり、スターの裏の顔の描写が一般人がドラマなどを見てイメージするショービズ界をなぞっているところが、曲を聴いていて心を引き裂ききらない心地よさの域にとどめていて好きです。「あまちゃん」の芸能界描写と通じているかもしれません。
- 07. UPSET(編曲:田中直)
こちらもハロプロでおなじみのアレンジャー。直球ディスコでかっこいいです。
悪女に向けて歌っていて、「人のカラダ散々弄んでさ」っていう歌詞がなんかすごい!男の体を「味わい尽くしたら ポイ捨て」する女!
「Betcha」(=bet you、「たしかに」の意味のスラングだって、知らなかった)ていう単語からBitchを連想させたり、「You totally set me up」(すっかりはめやがって)と「I'm so upset」(すっかり気が動転している)で言葉遊びになっているのがおしゃれな感じします。
ABメロで日本語のですます調で苦情を申し立て、サビで「もうこれ以上は角が立つのでTell you in English」と言ってスラングを使ってまくし立てるのもおもしろいです。抑えきれなくなって仮面を剥ぎ取る表現が上手。わたしは英語わかんないので曲を聴いても上品な感じしかしないし、実際サビはCMタイアップに使われたといいます。
- 08. 美しい人(編曲:中西康晴)
このアルバムの中で一番好きな曲かもしれない。「泣かないで 美しい人」というのがわたしにとっては正直もうなんか、言われたい言葉の極致で、実際言われたら引くとは思いますが、歌の世界の中で聴いていてものすごく気分が良くなる、最高の癒しのように感じます。
自意識の迷宮をさまよい、傷つかなくていいことでも傷ついてしまう自分に寄り添ってくれる内容になっています。
- 09. 哀歌(エレジー)(編曲:亀田誠治)
はじめて女性目線の語りで、愛におぼれる様子を歌っていて、今まで曲単体で聴いても「引く」としか思わなかったのですが、アルバム全体の中だと良い曲だなーと感じられました。
「しがみついた背中に そっと爪を立てて/私を刻み込んだ」という歌い出し、相手の身体に痛みを残す系その3となっていて、ドロドロが突き抜けているのに他の曲と調和しています。
また、わたしとしてはラルク初の女性目線・初のR&Bテイストを謳った「X X X」を経て今「哀歌」を聴き直したことで、共通する良さを感じられたかなと思います。
- 10. Twenty! Twenty! Twenty!(編曲:KAN)
YMCAみたいなディスコソングで楽しいです。こちらもまたハロプロと縁の深いKANによる提供曲です。
超いい曲で、LismoのCMソングでリスが歩いていたように、軽快に歩くリズムで統一されています。
- 12. いつか離れる日が来ても(編曲:武部聡志)
- 13. 写真(編曲:Akihisa Matzura)
亡父ソング。東京事変の「タイムカプセル」へ通じるものがあるかもしれません。
このアルバムの中の3曲で、相手のことを強く愛する気持ちが歪むあまり、相手の体に痛みを残して自分の存在を刻みつけることが歌われています。
菅聡子『女が国家を裏切るとき―女学生、一葉、吉屋信子』では、「かつて、暴力は外部から到来するものであった。」と言い、エヴァを例に挙げ、それは原爆以降の流れを汲んで描かれているが、かつそれとともに、暴力は私たちの内部に存在するのかもしれない、という問いかけが生まれ始めた、と述べています。
そして『最終兵器彼女』が「泣ける」という評価を集めたことに対し
(略)「泣ける」という<感傷>を共有する共同体は、その<感傷>が<暴力>と接続され結託したときに、<感傷>の側面によって<暴力>を隠蔽しながら、自己を正当化し、そしてまさに<暴力>の行使を担い継続する(略)
と言っています。
わたしは(この本の本論にはまだたどりつけていないのですが)、この記述を読んで、いわゆるセカチュー主題歌に代表される「泣ける」曲を作って歌う平井堅もまた、<感傷>と<暴力>の結託に戸惑って立ちすくんでいるのではないか? その戸惑いが、切ない愛情が極まって相手の身体に痛みを与える歌をわざわざ何曲も作らせているのではないか? と推量しています。